性暴力は暗数が非常に多いことは知られています。ですが、その数値は実際にどれくらいなのか、インパクトのある数字で知っている人は少ないかもしれません。
今回、単純計算になってしまいますが、内閣府と警察庁の調査結果からいくつかデータをピックアップしてまとめ、そこから性暴力の暗数を見積りました。
目次
性暴力とは何を指すのか(定義)
性暴力とは強制性交に限らず、身体を触る、性的な言葉を投げかける、避妊をしないなどの個人の意に反した性的行為を指します。
相手が配偶者や交際相手であっても、意に反した性的行為は性暴力に当たります。
痴漢や盗撮、セクシャルハラスメントももちろん性暴力です。
性暴力の被害実態に関する公的な調査データ
以下は5,000人を対象にした内閣府の調査(令和2年実施)の結果です。
20歳以上の人が対象者となっています。
DV・デートDV
・配偶者からの暴力を受けた経験がある人 4人に1人
被害を受けた女性の約4割、男性の約6割はどこにも相談していない。
・交際相手からデートDV被害を受けたことがある人 女性の約6人に1人
被害を受けた女性の約3割、男性の約4割は、どこにも相談していない。
強制性交被害
全体では24人に1人、女性の14人に1人は強制性交の被害に遭ったことがある。(強制性交は本来5年以上の懲役刑になる重大犯罪)
単純計算で373万人もの強制性交の被害に遭ったことのある女性がいます。
20歳以上の女性人口5400万人×6.9%
20歳以下の女性や男性の被害者、セクシャルマイノリティの被害も考えると、強制性交の被害に遭った経験のある人は、これよりもずっと多いと考えられます。
被害を受けた女性の約6割、男性の約7割はどこにも相談していない
強制性交の被害に遭った約6割の人が被害をどこにも相談していません。
被害を相談したという人の相談先は以下で示されています。
被害を警察に相談したのはたった5.6%となっています。
警察が発表している犯罪認知件数は、実際の被害のごく一部ということになります。
被害を相談したという人の中では、相談先として「友人・知人」が最も多い結果です。続いて「家族・親戚」。
それでも、被害に遭った人のうち相談しているのは2割でした。
身近な人が被害に遭ったとき、「相談してもらえる」だけでも信頼されているということです。
被害に遭った人が相談しやすい関係性を普段から築いておくことが大切です。
同時に、被害に遭った人に一番最初に、あるいは唯一相談されるのがあなたになる可能性もあります。
そのときに「リファー先を知っていること」や「性暴力被害に遭った人に起こる心理反応を知っている」ことは、あなたのためにも被害に遭った方のためにも必要です。
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内閣府が設置しているワンストップセンターに相談した人はたった0.7% でした。
ワンストップセンターが全都道府県に設置されたのは2018年のため、それ以前に被害に遭った経験のある人も回答者に多いことが、相談率の低さの要因と考えられます。
また、まだワンストップセンターの認知度が低いことも影響していると考えられます。
THYMEがTwitterで実施したアンケートでは、ワンストップセンターを元々知っていた人は296人中24%という結果でした。
THYMEをフォローしてくれている方は、元々性暴力の問題に関心が高い方も多いと思うので、フォロワーではなく一般に聞いた場合は、より認知度が低くなることが予想されます。
調査対象が異なる別のデータになりますが、令和4年6月発表の若年層における性暴力被害の実態調査では、約4.2%がワンストップセンターに相談しているという結果でした。
チャットでの相談ができるCureTimeにも1.2%が相談しています。
男性はより被害を抱え込んでしまうことがうかがえる
被害を相談しなかった理由は、「恥ずかしくて誰にも言えなかった」「自分が我慢すればいいと思った」が多い結果です。
性教育や情報発信で、性教育は恥ずかしいことではないこと・被害者は悪くないこと・嫌なことをされたら怒っていいことを社会の共通認識にしていく必要があります。
また、男性の回答では「相談をしても無駄だと思ったから」「他人を巻き込みたくなかったから」という理由が、女性よりも顕著に多いことが注目に値すると思いました。
男性へ向けられる社会規範として、”強くあらねばならない””人に頼ることは情けない”という意識があるように思います。
人に助けを求めることに”慣れていない”というのもあるかもしれません。
ジェンダーの押し付けは、女性に限らず男性にも不利益を強いるものです。
ワンストップセンターへの相談状況について
ワンストップセンターへの相談件数 (3ヵ月間)
内閣府が全国の49のワンストップセンターを対象に行った調査によると、令和元年6月~8月の3ヵ月間の新規相談者数は2,574人でした。
前のデータからの単純計算で、被害に遭ったうちの4.2%がワンストップセンターに相談すると考えると、
新規相談者2,574人÷0.042=61,286人
1ヵ月に20,429人がワンストップセンターに相談するレベルの深刻な強制性交や強制わいせつ、ストーカー、ハラスメントなどの性被害に遭っていることが予想されます。
被害に遭ってからワンストップセンターに相談するまでの時間
ワンストップセンターに相談した人でも、緊急避妊や証拠保全などの対応がある程度できる、被害から72時間以内に相談した人は14.7%
「被害認識をして相談につながる」という環境が社会で作られていないことがうかがえます。
法的に加害者を裁くためのベースとなる環境につながれる人が、全体の4.2%のうちのさらに14.7%、1ヵ月に被害に遭った人が20,429人だとすると、そのうちの126人しか早い支援に繋がれていないことになります。
相談のあった被害類型
ワンストップセンターへの被害相談内容としては、7割以上が強制性交と強制わいせつの被害になります。
そのほかには、DVやストーカー、痴漢や盗撮などの性暴力被害の相談があると予想されます。
性暴力加害者の約9割は知り合い
よく知られているように、性暴力加害者のほとんどは顔見知りの人間です。性的同意の意識が広がっていない(加害者側にも悪いことをしている自覚がない)可能性も挙げられます。
立場の違いで断りにくい状況で、性暴力は起きます。
そのことで通報がしにくい、今後のことを考えてしまって相談しにくいということが起こります。
加害者が顔見知りである被害が暗数の大多数を占めると考えられます。
強制性交は有罪になれば初犯でも最低懲役5年以上の重大犯罪であるという意識を、加害者にもならないために、広げられるべきだと思います。
ワンストップセンターでの支援内容について
ワンストップセンターから、精神科やカウンセリングにつないでもらえることもあります。相談人数が3,651人なので、約3分の1がなんらかの心理的支援を受けています。
ワンストップセンターの支援員による同行支援先は、産婦人科が最も多い結果。
法的支援(弁護士へのつなぎ、裁判傍聴)は全部で278件。法的に支援を受けて、裁判などができる被害者はとても少ないことが分かります。
ワンストップセンターで受けられる支援については、以下の記事でも記載しています。
支援者側の限界と政治の問題
49のワンストップセンターのうち、30のセンターが人手不足と回答しています。
「ケースをコーディネートできる支援員が少ない」「スーパーバイズできる支援員が少ない」と回答しているセンターも半分以上あり、労働力とスキルの確保の両方に課題がある状況です。
相談員は10~30人で回している施設が多く、医師や弁護士などの専門性を持ったスーパーバイザーが所属していない施設が半分以上でした。都市と地方のワンストップセンターで、機能に格差があることが考えられます。
支援員・相談員の約3割は無給
ワンストップセンターは、各都道府県で性暴力被害相談に当たっているNPOが内閣府から委託を受けて運営している機関です。
活動は助成金や寄付によって成り立っています。
そのため、国が予算を減らすと、ただでさえ限られている支援体制がさらに厳しいものとなります。
犯罪被害者の救済は、個人がボランティアで行うべきものでは決してありません。国がしっかりとした課題意識を持って、専門家にも意見を聞きながら、効果的な理論に基づいて行うべきものです。
実際に、過去にはワンストップ支援センターへの予算が年間8,000万円も減らされたということもありました。
令和4年度の予算は、ワンストップセンターが全国で365日24時間対応となったことに伴い、前年比1.8倍の4.5億円となっています。
しかし、まだまだ性暴力の実情が知られているとも、それが国の経済という観点で見たとしても深刻な影響を及ぼしていること、長期的に社会を蝕むものという理解がされているとも到底言えません。
年間数十万人もの被害者が出ているような暴力を、社会問題として正しく認識する段階にも至っていないといえます。
警察での認知件数・検挙人数
2021年 | 強制性交 | 強制わいせつ |
認知件数 | 1,388 | 4,283 |
検挙件数 | 1,330 | 3,868 |
検挙率 | 95.8% | 90.3% |
※認知件数は被害届を受け取ってもらえた数。警察に行っても、被害届を出させてもらえないケースも多い。検挙率が高いことからも伺えるように、検挙率を高く保つために、証拠を取るのが難しい被害では、被害届の受け取りを拒んでいることも予想される。
警察庁が出しているデータによると、昨年(2021年)の強制性交の被害認知件数は1,388件でした。
前のデータからの単純計算で、警察に相談をしている人が被害者のうち5.6%とすると、強制性交の被害に遭っている人は少なくとも年間24,785人、強制わいせつは76,482人と予想されます。年間計10万1267人が、重大性犯罪の被害者となっているのです。
しかし、警察に行っても被害届を受け取ってもらえない、強制性交等罪よりもずっと軽い罪として扱われるというケースが往々にして存在することから、実際はさらに多い被害が起きていることも考えられます。
一方ワンストップセンターでは、相談をすれば必ず相談件数に含まれます。
ワンストップセンターへの1ヵ月の相談人数と相談する人の割合から年間の被害人数を予測すると、年間245,148人が深刻な性暴力に遭っていることが予想されます。
警察の認知件数から出した数値と、ワンストップセンターへの相談人数から出した年間の被害者予測数値には約2倍の差があります。
強制性交、強制わいせつ以外の被害相談も含まれていることも要因として挙げられますが、警察で被害届を受け付けてもらえず認知件数に含まれていない被害がこの差を生み出していると考えると、それは普段耳にする当事者の経験談を受けての肌感覚とも一致するなと思いました。
警察での被害届不受理に関する数値データはありませんが、このような予測から、約半数が不受理にされている可能性もあると考えられるのではないでしょうか。
ワンストップセンターへの相談件数から予測した年間の性暴力被害者24万人という数字も、決して非現実的な数字ではなく「暗数」とされているものの実態と言えるかもしれません。
このような状況を受け止め、被害を減らすための「加害者を作らない啓発」や、被害に遭ったとしても「負担がなるべく少なく」「早く」支援につながれるような環境構築が必要です。
THYMEではみなさんの意見もお聞きしながら、今回挙げた数値を改善していくための事業案を長期的に検討していきます。
参考資料