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【エッセイ】「性犯罪被害にあうということ」を見て、思いだしたこと

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私は本を読みながら、思考がどんどん連想する事柄に引っ張られることが多いです。
インプットしながらテーマの本筋とずれたアウトプットが出てくるので、本を読むのに時間がかかります。

最近、小林美佳さんの「性犯罪被害に遭うということ」を読んで、当時の自分のことを思いだしました。

性犯罪被害にあうということ (朝日文庫)

P197
「私たちは、美佳さんを近くで見させてもらっているぶん、編集やここにいないスタッフが好き勝手なことを言ってくると、すごい討論になるんです。ちゃんと向き合わないと分からないことだって、私たちも学んだ」

小林さんが取材を受けたディレクターにもらった言葉として書かれている文です。

それを見て、調書作成を担当した刑事さんを思いだしました。
私の調書作成にはものすごく時間がかかりました。何度も細かい点を私に確認しながら長い文章を作っていく作業は、近くで見ていて大変だと分かりました。ほぼ休みなく働かれていました。
きっと上司にあたる人に、「なんで早く作れないんだ」「もっとこういう点をちゃんと聞け」といったようなことも言われて急かされていたとも思います。

セカンドレイプに繋がりかねない嫌な質問をするときは、
「ごめんね。おかしな質問だし嫌だと思うけど、聞かなきゃいけないんだ」
と言っていました。

「被害の時にどんな格好(服装)だったか」
「過去の交際経験や性経験は」
「ナンパについていってしまったことはないか」
といった「被害者資格」を判断するための質問でした。

被害者と直接接する人は、「板挟み」になるだろうなと思いました。
検察官や弁護士もそうかもしれないと思いました。
私の見えないところで、配慮も調整もたくさんしているだろうし、”面倒くさいこと”もあるだろうな、と。

「法曹の事情までそんな風に考える必要ない」とか「お人よし過ぎる」とも言われるのですが、本当に仕事だと割り切って被害者にしんどいことをできる人もいるかもしれないけれど、私は性善説で生きてきた(今もそう生きている)自覚があるので、やっぱり板挟みでしんどい思いを抱く人もいるのではないかなと考えたりします。

2000年代の性暴力の扱いに衝撃

「性犯罪被害にあうということ」は2008年に刊行された本ですが、この本の中に出てくるエピソードでの性犯罪の扱いが、あまりに現在と違うので驚きました。
刑法が改正されたのは2017年なので、それもつい最近なのですが、21世紀に入っているつい最近のことなのに、こんなに酷いのか、と。
どれだけの人が犠牲になってきて、泣いてきて、それでも放置されてきたんだろうと。

被害者保護も支援制度も、社会の認識も発展途上だと改めて思わされます。
2020年代の今、これから、変わった制度や意識を振り返ったとき、今は解消された課題がこんなにあったんだねと言えるようになることを願って、課題点を指摘する活動をしたいです。

本を読んで感じたことは、少しずつ綴っていきたいと思います。

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性暴力被害に遭ってしまったとき、そしてその後、被害者が利用できる支援や被害回復について、サバイバーが発信しています。